記述書誌の目的
西洋古版本はすべてオリジナル
「本には、同じ本に見えても、同一でないものがある。書誌学を習い始めた人はこの点を忘れてはならない」(W.W. Gregg (1906-1908))
なぜなら、手引き印刷機の時代は、印刷機を止めて容易に修正や変更などが行われており、そうした修正を行っても、それ以前に刷った分は未修正のまま市販していたから。 よって、同じ単位内の本であっても、すべてが完全な同一本とは限らない。
「本には、同じ本に見えても、同一でないものがある。書誌学を習い始めた人はこの点を忘れてはならない」(W.W. Gregg (1906-1908))
そこで同じと思われる本をできるだけ数多く調べ、それぞれの特徴(相違点)を調べていくと、各本の相互関係が把握できるようになり、その結果、本がどの版、刷、発行あるいは異刷(異なる状態を含む)に 属するかを決められるようになるはずである。しかる後に、印刷者や出版社が出そうとした形(理想本)の記述をしなければならない。
その本の理想本の状態を確立することによって、本がどの版、刷、発行あるいは異刷に属するかを決められるようになるはず。これはその本の印刷史とか印刷史の解明にもつながる。 さらには、こうした事実が印刷とか出版について研究している人々にとって有効な情報となる。
撮影環境の差異により、紙の色が異なっている。
版(edition)とは、実質的に同じ活字組版を使って一時期に(あるいは後日、何回でも)刷られたすべての本をいう。大幅な修正とか変更でなければ一つの版の範囲内とみなすことができる。
刷(impression)とは、一時期に同一の版組を使って印刷された(一つの版の範囲内での)すべての本。昔は活字が高価だったこともあり、組置き版をあまり使わなかったようだが、 活字を大量に使わない印刷物では組置きすることがあった。⇒ 古版本の時代はシートの印刷が終われば組版は解版されたため、版と刷りは基本的には同じことだった。
同じ出版者、同じ出版年(1651年)が記載された標題紙をもつ『リヴァイアサン』には、3つの版があると言われているが、左図はその内の2つ。ヴィネット(vignette)の違いに応じて、 オーナメント版(左)、ヘッド版(右)とそれぞれ言われている。
撮影環境の差異により、紙の色が異なっている。
ひとつの版を超えない範囲で、何らかの点で細部が異なるもの。
Stop-press correction: 活字の損傷や印刷途中の印刷部数変更による植字のやり直し、再植字など、理想本にするためになされた変更を含むもの。
どちらもヘッド版。タイトルページは同じだが、本文を比較すると違いが・・・
「from Deliberation.」(東大版)
「from. Deliberation」(駒大版)
「Freewill, no liber-ty」(東大版)
「Free-will, no Liber-ty」(駒大版)
「liberty」(東大版)
「Liberty」(駒大版)
「inclination pro-ceedeth」(東大版)
「inclination [new line]」(駒大版)
「another cause, which cau-ses」(東大版)
「another cause, [new line]」(駒大版)
(形式上あるいは時間的に)異なる目的をもった出版単位。標題紙を変更するなど細部に何らかの差異をもつ。
左図の出版年は1667年、右図の出版年は1668年。James M. Percingらの研究によれば、これらは発行の違いによりタイトルページが異なるが、どちらも初版とされている。
『失楽園Paradise Lost』(中略)には大きく分けると5種類、細かく分けると7種類のタイトルページが存在します(中略)これら全てが「本当の初版」なのです。(中略) 印刷上の不具合の修正、売れ行きを心配した出版社による方針変更・工夫(著者名を隠す、出版年を新しくするなど。なお読者サービスとして「梗概」、正誤表の追加も行っている)、 出版社と書店の提携関係の変更などの理由で、差し替え・修正されたと推定されています
「記述書誌を“読む”面白さ-図書館員のための書誌学入門- / 武者小路信和」より抜粋。
次のサイトから7種類のタイトルページを見ることができる。 http://chssl.lib.hit-u.ac.jp/education/images/text_28.pdf
その詩集は最初の年は売れなかった。(中略)多くの人々はタイトルページのジョン・ミルトンの名前を見て嫌悪の声を上げ、本を投げ出したのではないだろうか。 (中略)というのも、ミルトンはクロムウェルのラテン語の秘書であり、国王殺しの主唱者と言われていたので人気がなかった。(中略)いずれにしても、サイモンズは1668年に 著者の名を削除した新しいタイトルページをリプリントすることに決めた。おそらく売れ行きの悪いその詩集を売ろうとするために。しかし1668年の後半には彼は前置きとなる文章を 追加することに決めた。おそらくミルトンの名前だけが原因ではなく、その詩がどんなものなのか説明するものがないことが売れ行きを悪くしていたのだろう(省略)。
“The text of Paradise Lost : a study in editional procedure / R.G. Moyles”より抜粋し翻訳。